第91章 婚約はなかったことにはできない

杉浦杏奈が駐車場に着くと、灰原仁司はすでに車の後部座席にいた。

ドアは開いたまま。シートに身を預け、膝の上にコートを掛けている。表情は暗がりに溶けて、よく見えない。

杉浦杏奈が身をかがめて乗り込む。ドアが閉まった途端、車はすぐに走り出した。

彼女は横目で、灰原仁司の膝に掛かったコートを見た。コートの下の膨らみは薄暗い車内では目立たないはずなのに――彼女には一瞬で分かった。

「ふふ」

笑いながら手を伸ばし、コートを引き抜いて脇へ放る。

灰原仁司は動かない。止めもしない。

杉浦杏奈は身を寄せ、唇を彼の耳に触れさせる。

「我慢、きつかったでしょ? 大丈夫。ちゃんと責任、取ってあげる...

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